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東京地方裁判所 平成6年(ワ)10903号 判決

原告

山崎裕康

右訴訟代理人弁護士

河内謙策

被告

岩尾節子

右訴訟代理人弁護士

橋本公裕

右訴訟復代理人弁護士

高畠敏秀

主文

一  被告は、原告に対し、被告が原告から別紙物件目録記載の不動産につき、平成六年二月一〇日契約解除を原因とする所有権移転登記手続を受けるのと引き換えに、金一四〇〇万円及びこれに対する平成六年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一四〇〇万円及びこれに対する平成六年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告から、平成四年六月二五日、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同記載二の建物(以下「本件建物」という。)を代金一四〇〇万円で買い受け、同日右代金一四〇〇万円を被告に支払った。

2  本件土地及び建物は、もとA(以下「A」という。)の所有であったが、昭和六〇年七月二七日同人が死亡しBが相続により取得し、平成四年一月二四日に被告が競売により取得した。

3(一)  Aは、昭和六〇年七月二三日に本件土地上の本件建物に付属している物置内で農薬を飲んで自殺行為に及び、これが原因で福島県○○市内の病院において同月二七日に死亡した。

(二)  原告は、福島県内の本件土地、建物に娘とともに永住する目的で買い受けたものであり、そのようないわくつきのものであれば絶対に購入しなかったものである。

(三)  また、建物内で自殺者が出たような場合には、そのような建物を歴史的背景を有しない建物と同様に買い受けるということは、通常人には考えられないことである。よって、本件土地、建物には隠れた瑕疵がある。

4  原告は、被告に対し、平成六年二月一〇日に到達した書面により本件売買契約解除の意思表示をした。

5  よって、原告は、被告に対し、本件売買契約の解除による原状回復請求権に基づき、代金金一四〇〇万円及びこれに対する契約解除の日の翌日である平成六年二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、本件土地及び建物を被告が競売により買い受けたものであることは認め、その余は不知。

3  請求原因3(一)、(二)の事実は不知。同(三)の事実は否認する。

Aが自殺行為に及んだのは、本件建物そのものではなく、建物に付属している物置内であること、死亡場所も別であること、Aの自殺は今から約一〇年前のことであることなどから、本件土地及び建物の瑕疵の問題ではない。

原告は、永住する目的で本件土地及び建物を買い受けたのではなく、転売して利益を得ようとして購入したものであり、また、原告は取得後本件土地及び建物に住んだ時期もあったのだから、本件土地及び建物における住環境の快適性が欠けて、契約の目的が達成できないということはない。

4  請求原因4の事実は認めるが、効力は争う。

三  抗弁(同時履行の抗弁権)

被告は、原告から別紙物件目録記載の不動産について所有権移転登記手続を受けるまで、売買代金の返還を拒否する。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の事実のうち、被告が競売により本件土地及び建物を取得したことは当事者間に争いがなく、その余の事実は〈書証番号略〉により認められる。

三  請求原因3の事実について判断する。

〈証拠省略〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  Aは、昭和六〇年七月二三日、本件土地上の本件建物に付属している物置内で農薬を飲んで自殺行為に及び、その後本件建物内のフロ場で倒れているところを発見され、服毒が原因で福島県○○市内の病院において同月二七日に死亡した。

(二)  原告は、昭和六三年三月定年退職により教職を辞することになったが、亡妻の出身地である福島県に娘とともに永住する目的で、平成四年六月二五日本件土地及び建物を買い受け、月に一、二度泊まったことがあった。ところが、原告は、平成五年になって、医者から前立腺肥大と診断され、健康上の問題から、本件建物に住むことが不可能になったので、同年三月ころ、やむなく本件土地及び建物の売却を決意した。

そこで、原告は、同年四月ころ、本件土地及び建物の購入につき買主側の仲介人であった株式会社カントリー・センターに売買代金一五六〇万円で仲介を依頼したが、買手が現れなかったので、同年八月ころ、株式会社飛鳥物産(以下「訴外飛鳥物産」という。)に仲介を依頼し、同社の会報「ヴィレッジハウス」同年九月号に売買代金一二〇〇万円で物件を掲載したところ、五、六人の客が現地を見に行くことになった。ところが、その中の一人が、本件土地及び建物で自殺者が出たという噂を聞き込んできたため、訴外飛鳥物産が調査した結果、Aの自殺の事実が判明し、平成五年九月ころ、原告も右自殺の事実を知った。

(三)  右「ヴィレッジハウス」を見て購入を希望して登記の日取りを決める段階まで話が進んでいた佐野氏を初め、現地に見学に行った他の客もすべて購入を辞退し、さらに、その後も、問い合わせてきた顧客もあったが、右事実を告知すると、売買はいずれも不成立に終わった。

(四)  本件土地、建物は、福島県××郡××町の山間農村地に位置し、周辺は、山あいに、環村型の小集落が散在する純農村地帯である。

右(一)ないし(四)に基づき、以下判断する。

まず、Aが農薬を飲んで自殺行為に及んだ物置は、売買の対象である本件土地の上にあり、本件建物に付属しているものであるから、死亡した場所が病院であったとしても、右自殺が本件土地及び建物と無関係であるとする被告の主張は理由がない。

次に、売買の目的物に瑕疵があるというのは、その物が通常保有する性質を欠いていることをいうのであり、目的物が通常有すべき設備を有しない等の物理的欠陥がある場合だけでなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含むものと解されるところ、本件土地上に存在し、本件建物に付属する物置内で自殺行為がなされたことは、売買の目的物たる土地及び建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥といえる。

本件土地及び建物は、山間農村地の一戸建であり、その建物に付属する物置内で自殺行為がなされ、その結果死亡した場合、そのようないわくつきの建物を、そのような歴史的背景を有しない建物と同様に買い受けるということは、通常人には考えられないことであり、原告も、そのようないわくつきのものであることを知っていれば絶対に購入しなかったものと認めることができる。このことは、訴外飛鳥物産が、原告の依頼を受けて本件土地及び建物の売却の仲介をしようとしたところ、自殺の事実を知らされた客のすべてが購入を辞退したことからも明らかである。

原告は、平成四年六月以降、本件建物に月一、二度泊まったことはあるが、当時は自殺の事実について知らなかったのであるから、泊まったことがあるという事実から、本件土地及び建物に隠れた瑕疵はないとすることはできない。

なお、本件売買契約は、自殺後約六年一一月経過後になされたものであるが、自殺という重大な歴史的背景、本件土地、建物の所在場所が山間農村地であることに照らすと、問題とすべきほど長期ではない。

以上の事実を総合すれば、本件売買契約には契約の目的を達成できない隠れた瑕疵があり、瑕疵担保による解除原因があるというべきである。

四  請求原因4の事実については、〈書証番号略〉により、認められる。

したがって、本件売買契約は、平成六年二月一〇日解除された。

五  抗弁について

瑕疵担保による契約解除に伴う被告の売買代金返還義務と原告の所有権移転登記手続義務は同時履行の関係(民法五七一条、五三三条)にあることが認められる。

六  以上の事実によれば、原告の請求は、被告に対し、被告が原告から別紙物件目録記載の不動産につき、平成六年二月一〇日契約解除を原因とする所有権移転登記手続を受けるのと引き換えに、売買代金の返還を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却し、訴訟費用については、民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行宣言については同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官窪木稔)

別紙物件目録〈省略〉

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